今日はアマゾンではありません
義母から4月からのゴミの回収カレンダーを市役所から貰ってきたと言われたので歩いてもらいに行く。うちは二世帯住宅やんだけど回覧でもらえるカレンダーは一部。それで毎年義母用のカレンダーを貰ってくる。お天気も良いのでまた歩いて市役所まで歩いて行った。図書館が隣り合っているので図書館に寄って「だいちょうことばめぐり」を返却。よせば良いのに新刊コーナーを見たらアンナ・バーンズ「ミルクマン」があったので借りてしまった。読みたいけど3400円なので買うのを躊躇していたのだ。それから真山仁「ロッキード」も借りてしまった。気になるけど絶対自分で買わないだろうなと思う本だから。
それにしても読めるのだろうか。またぞや読まないまま返却することになってしまうのではないだろうかと言う気持ちに借りる時に既になっている。しかし見つけた時に借りないともう二度と巡り会えないと言うことが図書館でもあるのだ。
出かける時にちょうど玄関のドアを開けると郵便配達の人が立っていた。開口一番「今日はアマゾンではありません〜」と言われた。家人宛の書留だった。フルネームで名前を書いていると「毎日アマゾンから郵便物あるんですよねえ」と言われる。
なんかちょっと申し訳なく悪いことしてる様な気分に少しだけなってしまう。いや、でもそんな事言わなくても良いんじゃないのかなあも心の中で思う。確かに近所では買えない本やらCDをポチポチしましたけど、確かにこの所続けてポチポチしましたけど。やっぱなんだか恥ずかしい。
*読んでいた本
堀江敏幸「曇天記」
穂村弘「あの人と短歌」
パウリーナ・フローレス「恥さらし」
冬にやり残した事
気温の高い日が続いてすっかり春だ。東京の方はもう桜も満開に近づいているみたい。信州の桜はまだ先だけど今年も早く咲き出しそう。
冬になると毎年の引っ張り出してくる本があってCREAの冬と映画特集、冬の本
冬の本はさあいよいよ冬だという時期に読み出すんだけど必ず何故か最後まで行きつかずに冬が終わってしまう。冬と本をめぐる84人のエッセイが載っていて、だから最初の青山南さんは毎回読んでいるけれど最後の吉本由美さんのは読んだことがない。今パラパラとページをめくってみたら直江政弘さんまでは確実に読んでいて町田康先生は読めていない。カーネーションのファンだから直江さんまで来ると安心しちゃうのだろうか。とは言え今年は引っ張り出してきただけで実は1ページも読んでない。そしてこの本の困ったところは春になると読む気にならないところだ。次の冬は吉本由美さんから読もうかと一瞬考えてみたりする。いやいや、邪道だ。やっぱり青山南さんから読まなきゃね。
CREA「冬にしたいふだんのこと、と映画」2016年の1月号だ。CREAは以前は買いたくなる様な特集が結構あった。この特集号は捨てられない。
冬にしたいこと
究極の煮込み料理カスレに挑戦
白い靴下で過ごす年末年始
ヴィンテージみたいなニットを編む
別冊みたいな冬の宿
中々実現するのは難しいけれど見ているだけでも冬の楽しみを感じられる。そしてその一つ一つに付き一本の映画が紹介されている。
例えば
白い靴下で過ごす年末年始→「リトル・ダンサー」
暖炉がある場所→「シングルマン」
別荘みたいな冬の宿→「グランド・ブダペスト・ホテル」
コーヒーはネルドリップで→「コーヒー&シガレッツ」
などなど。冬にしたいことは実現できなくても映画なら配信で観れるなと思ってだんだけどこれも数本しか観れてないうちに春になってしまった。
そのままこの本に載ってる映画を見続けてもいいかなと思うけどやっぱりそれはつぎの冬のお楽しみに取っておこう。
この所足首の装具なしで探しているが今日は調子が悪くて足首左側のプレートとボルトの入った所がシクシク痛い。痛くてもどんどん歩くべきなのかちょっと休ませた方が良いのか迷う所。今日は無理をせずゆっくりすることにする。
早く骨を折る前の生活がしたい。習い事に出かけたり、ひとりで運転して写真を撮りに行きたい。それにはもう少しスムーズに坂道を歩けて長時間歩いても痛くないくらいにならなくてはならない。
そして出来たらコロナ前の様にライブに行ったり都内に出かけて友達や仲間と会いたい。けれどこの望みが叶う日が来るのかな。もちろん今でも動いている人は動いているだろう。都内の人など尚更だろう。都内に住んで生活しているのだから。しかし日本中の人から世界の人からコロナと言う存在を重みを払える日が来るのだろうか。
今日は映画は観ず本をあれこれ行き来して読んでいた。久々に堀江さんの文章を読むとやっぱり良いなと思う。なんだろうじっくりと味わってしみじみする。
それから待望の「恥さらし」に手をつける。「幸福の持参者」岡本綺堂「利根の渡」は凄い世界だったな。
*読んでいた本
堀江敏幸「曇天記」
穂村弘「あの人と短歌」
パウリーナ・フローレス「恥さらし」
日本文学100年の名作「幸福の持参者」
朝吹真理子「だいちょうことばめぐり」
朝吹真理子さんの「だいちょうことばめぐり」を読む。気になってた本でこの間久しぶりに図書館に行った時新刊コーナーにあるのを見つけて喜んで借りた。
読んでる間も、読み終わってからも装丁の美しさに惹かれた。花代さんの淡い光を感じさせる写真に金の手書き文字の題名。図書館で借りた本なのでカバーが外せないけれどカバーの下はうすい桃色。そしてなんと地アンカットなのだ。これは初めて見ました。装丁者の意思を感じる。
題名の「だいちょう」とは歌舞伎の脚本のことを指す「台帳」ということばからきているらしい。
「紙の雪」と言うエッセイでいきなりため息がでるような気持ちになった。
雪が降っているから人通りが少ない。道に落ちるころにはやっぱり水になってしまう雪だから雨とほとんど変わらない。それでも傘の上に一瞬、雪の粉がおちてくると嬉しい。歩いていると、ほどろ、ということばがくちからのぼる。雪が薄く降ることをかつては、ほどろ、と言っていた。沫雪のほどろほどろに降りしけばと大伴旅人の歌った一首が「万葉集」にある。奈良時代の人の擬態語はとてもきれいだ。いまアスファルトに雪は降るけれど、ほどろということばをくちにすると、アスファルトがくるくると剥がれていって、土の上に雪が降り敷くのがみえる。
p15 「紙の雪」
著者が古典芸能の世界に親しんでいるから来てるであろう豊かな言葉たち。そしてその言葉がまた私の頭のなかで景色を呼ぶ。
朝吹さんの出自が名家と言うこともあって自分の過ごした家庭とは随分と世界が違うと感じる(お手伝いさんがいたりだとか、秋には毎年ハワイから沖縄に行くとか) そしてその名家のおじょうさんの生活を少し見れたりするのもこのエッセイを読むことの楽しみだ。そして朝吹さんのユニークな部分、雲母の話、母乳の話、など面白くて可愛い。
午後映画を一本 wowwowのW座でやっていた「楽園」 あれ?この話知ってると思ったら原作は吉田修一の「犯罪小説集」の中の2編だった。ちょっと観ているのが苦しくなるような内容だった。特に佐藤浩一が演じたところは山口の限界集落殺人事件がモデルになってると思われ、この話は「つけびの村」と言う本が話題になっていて図書館で借りて読んだ。
人間の奥の闇、そうさせてしまった田舎で暮らすことの息苦しさなどを思う。
夜、夕食時に録画しておいたドラマ「天国と地獄」を見ようと思ったら録画するのを忘れていたらしい。大失敗。今季は「知ってるワイフ」とこれを見続けて来た。肝心の最終回を見逃すとは。最終話、ネットで検索するか。
*映画
楽園
*本棚(読了本)
朝吹真理子「だいちょうことばめぐり」
*読んでいた本
日本文学100年の名作「幸福の持参者」
三月場所
朝5時からEテレでやっているこころの時代〜宗教・人生 コレヒトの言葉を見る。
一昨年の春頃若松英輔さんにハマって(なんだかハマってという言葉はちょっと相応しくないような気もするが)著書を何冊か一気読みした事があった。それから若松さんがテレビに出る時は見るようにしていたがこの「コレヒトの言葉」は若松さんが牧師である小友聡氏に話を聞くという形式で進められる。今回で6回目、今回で完結。全部見れていないのだけれど見ている間すっと背筋を伸ばして見てしまう。なんと言うのかすっと背中を押してもらえるようなそんな気持ちになる。
雲が満ちれば
雨が地に降り注ぐ
木が南に倒れても
北に倒れても
その倒れた場所に木は横たわる
今放送されている100分で名著にも繋がっていくような内容だった。
この中で池田晶子さんの事が話されていてまさに明日の100分で名著は池田さんの著作が取り上げられる。
どんより曇っていた空から雨が落ちてきて午後はザーっと土砂降りになった。雨の振り方が季節の変化を知らせているような気がした。家人とスーパーに出かけて屋根のある駐車スペースに留める。今日は杖なしで出かけて見た。駐車場は地下だったので上りは頑張って階段で行った。下はやっぱりまだ危ないのでエレベーターを使った。
夕方なんとなくテレビで相撲をつけていた。またもや入院中の話になってしまうけど夕方相撲を見ていた。ちょうど夕食が5時半からだから相撲を見ながら夕食食べてたなと思い出す。夕食が早すぎてその後の消灯9時までの時間の間がもたなかった。
三月場所と言えば大阪、府立体育館でいつもならやられているはずだけれどコロナの影響で国技館で行われている様子。
何年か前、突然妹から電話がかかってきて両親がテレビに映ってるから見てみなと言われた。テレビをつけるとちょうどテレビに映る位置に両親が座っている。テレビ画面を通して親を見るのは初めてなのでなんか面白い体験だった。力士の後ろに親の顔。
府立体育館といえば、デビッドボウイを見に行った。家人と結婚する前に。物凄く物凄く楽しみにして行ったのに全く見えなかった。人と人の頭の間にちらっとしか。しかし背がそこそこある家人はボウイ様がよく見えたと言うので本当に悔しかった。そんな思い出が。
相撲の中継と言えばいつもテレビに映ってる謎の美女がいるんだけどあの人はどういう方なんだろうと興味を持ってしまう。時々林家ペーパー夫婦もきてますよね。
*映画
マーシュランド
おもかげ
*読んでいた本
朝吹真理子「だいちょうことばめぐり」
日本文学100年の名作「幸福の持参者」
マスクを忘れる
土曜日、フズクエの阿久津さんの読書日記note版を読む。土曜日のお楽しみ。少しお仕事関係のことが多めなのが個人的にはちょっぴり残念。読書日記なのでもうちょい本の話が読みたいななどと勝手な事を思ってしまう。実は本になった「読書の日記」を2冊とも持っているけれど途中で読みかけのままになっている。こちらをちゃん読み切ろうかなと思う。
善行堂さんに小山清「風の便り」山本善行「本の中のジャズの話」を注文したので振り込みに郵便局へ。それからコンビニへ。どちらもうちから歩いて5分くらいで行ける。コンビニでちょっとおやつでも買おうかなと思って振り込みが終わってそのまま行って入り口で
あれ?!マスクしてないじゃん、自分!
ってなった。家から歩きでちょっとそこまでだったのでマスクのことを全く忘れてしまっていたのだ。わーやばい、失礼しましたという感じでくるっと向きを変えて帰宅。車で出かけた時なら車にマスクを積んでるんだけど。
麻生さんが一体いつまでマスクをしなきゃならないのかみたいな発言をされたらしいですが、そんなのこっちが聞きたいよ。ワクチンが国民に行き渡って感染する人がなくなるまで到底マスクのない生活はできないんじゃないのだろうか。来るべき夏を思うとマスクの二重付けが当たり前にはなって欲しくないなと思ってしまう。
午後は細野晴臣のドキュメンタリー映画「NO SMOKING」を観る。細野さんいいなあ。ひょうひょうとした感じが本当に素敵。
自由と面白さ
そこに重きを置いて暮らしていて、でも重きを置くという重さを感じさせないところ。
NO SMOKINGのkankoの映画レビュー・感想・評価 | Filmarks映画
朝吹真理子さんの「だいちょうことばめぐり」の続きを読んでいると細野さんの名前が出てきた。こういう事ってある。どこかで何か繋がっている感じ。そんな時はあっ!と思ってちょっと嬉しくなる。
*映画
ザ・エッグ〜ロマノフの秘宝を狙え〜
NO SMOKING
*読んでいた本
朝吹真理子「だいちょうことばめぐり」
「名もなき生涯」を観る
とうとうNetflixのドラマ「ザ・クラウン」を観終わった。イギリス王室、エリザベス女王の結婚からを描いているドラマ。この心理戦の様なそれでいて大河ドラマの様な時代の移り変わりも描かれていてなかなか面白くて途中からは1日に数話観てしまうという、そのせいで他に何もできないではないか状態に陥っていたりした。シーズン1〜4全部で40話。チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚生活の破綻していく様まで描かれていてこれから作られるシーズン5の悲劇がどんなふうに描かれるのだろうと思う。
やっと観終わったので今日は映画を2本、「名もなき生涯」と「滝をみにいく」を観た。
「名もなき生涯」は3時間近くもある作品だから観るのに覚悟を決めなきゃと思いAmazonプライムでレンタルしたまま中々踏ん切りがつかなかった。でも今度wowwowのW座でやるみたい。お金を出してレンタルしなくても良かったかとちょっぴり損した気分にもなり、せっかくレンタルしたんだからwowwowで放送される前に観てやるぞーと思い観た。
感想はfilmarksに
名もなき生涯のkankoの映画レビュー・感想・評価 | Filmarks映画
3時間ちょっと重くてしんどくて色々と考えさせられ揺さぶられて観ていた。これは宗教映画なんじゃないかと少し思ってしまった。遠藤周作原作の「沈黙」を思い出し、どうしても比べてしまったり。「沈黙」の主人公は最終的に転んで(キリスト教を捨てた)日本人の妻をめとり、日本で暮らす事を選択したのだけれど「名もなき生涯」の主人公は自分の思うところを全うしたのだ。
どちらの生き方がどうとか言えない。多分自分は「沈黙」のキチジローの様に何度でも転ぶだろう。
「名もなき生涯」を観てぐったりとしてしばらくしてから今度はwowwowで録画していた「滝を見にいく」と言う映画を観た。紅葉ツアーに参加したおばちゃんたちが山で迷子になり一晩明かす話。ほぼ知らない俳優さんが出ていてだからこそまるで本当にそれぞれのおばちゃんの抱えてる生活を見るようなそんな気持ちにさせられた。これが有名な女優さんだとまた印象が違っただろうな。
一日一日と春になっていく。茶色一色だった地面から少し緑のものが増えてきた。
*映画
名もなき生涯
滝を見にいく
音楽雑誌を買う
久々に音楽雑誌を買った。
Twitterでフォロワーさんがギターマガジンのオルタナ特集を呟いている人がたくさんいて読みたくなったのだ。それで近くの本屋と言うと某チェーン店しかないのでそこに行ってみた。ギターマガジンくらいあるだろうと思っていたのになかった。
かろうじてあったのはロッキンオンくらいか。邦楽寄りの音楽雑誌はあったと思うけど。
ずいぶん前からここの店はミュージックマガジンは置かなくなってしまっていてまあしょうがないかと思ったけれど。ミュージックマガジンも毎月買っていたわけじゃなく店頭で見ていい特集とかあると買っていた。アルバムのレビューコーナーをパラパラと立ち読みしていたのだから文句は言えないのだけどやっぱり店頭でパラパラ出来るのって大事だと思うんだけどな。それで何かいい本あるかなと出会いを求めて店内をぐるぐるしたんだけど…悲しくなる様な有り様で何にも欲しい本がない。仕方なくカメラ雑誌とドラマ特集のGinza。買って退散。
単行本、文庫本、世間で読まれているだろう本に全くハートが響かずもしかして自分がおかしいのかと思ったし、ずいぶん歳をとってしまったのかと思った。
ちょっと話が脱線してしまった。仕方がないのでやはりAmazonで発注。結局そうなってしまう。
で、届きました。
ギターマガジンと言えばギタリストが読む雑誌と思って滅多に買った事はないけれど今号は良かった。しかしオルタナ特集、90年代ってある意味対象読者はそこそこの年齢なんだろうなあ(汗)
自分は90年代初めは子育て真っ最中だったのでそもそも音楽から少し離れていた時期。ここで紹介されているオルタナバンドは後聴きできいた。ちょうどケーブルテレビでMTVが見れる様になってそこから一気に久しぶりに洋楽を聴く様になった。
一番人気のニルヴァーナにはどうしてもハマることが出来なくてそれを音楽友達に言うとけっこうな割合で残念な人に観られる。あの頃一番ハマったのはスマパンですごい好きだった。ライブも一度だけだけど行きました。あとソニックユースも結構聴いたな。 ヨラテンゴも載っている。オルタナって何をもってオルタナって分類できるのかわからないけどあの頃いわゆるオルタナと呼ばれるバンドの音楽を聴くのは楽しかった。
のっけから向井さんと吉野さんの対談だしゆっくり少しずつ読むのが楽しみ。
そしてもう一冊、ミュージックマガジン、何故2月号かと言うと2021年はこれを聴け!と言う特集が載っていたから。何人か好きなライターさんが書いているので読んでみたくなった。
昔はサブスクでなんでもかんでも音楽が聴けたりしなかったから音源を買うのは一種の賭けだった。音楽雑誌はその道案内をしてくれた。そしてカタログ的要素があって聞きたいなと思うアルバムに印をつけたりして楽しかった。
今はどんどん紙の音楽雑誌は無くなってしまって悲しい。こういうのはきっともうどうしようも無いしこんなことを嘆いているのも自分みたいな年代の人だけかもしれない。