戯言スクラップブック

また日記を書き始めました。読んだ本や聴いた音楽など

納品書のウラ書き

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書斎という名の物置。最初は本棚と机しかなかったのにいつの間にやら使わないものを置いたり、パッチワークの布達や鞄たちの置き場になってしまった部屋。なんとかしたいなと少しだけ片付けた。まだまだ物だらけだけれど。

しゃがむと言う行為が難しいのがネック。地べたに座り込まない。もう、絶対観ない何箱もあるビデオだとか思い切って捨てたい。というか観れるビデオデッキもないし。

 

時々Amazonで読みたい本があってちょっと高いしどうしょうかなと思う時に古書を注文することがある。VALUE BOOKSさんと言う、ほぼ隣の市(間に東御市が挟まってるけど)にある古書店さんで頼んだ本と共に「納品書の裏書き」、そう、納品書が印刷された裏側にお店の人が書いた短いエッセイと本の紹介があってそれが良くて、それからVALUE BOOKSさんに古書を頼んだ時はこの「納品書のウラ書き」を楽しみにしていた。

ところが最近注文の2.3回、このウラ書きがなかったのでもうやめてしまったのかなとか残念に思っていた。

イアン・マキューンの「恋するアダム」、読みたいかな、でもまあ買わなくてもいいか、うーんでもやっぱり読みたいから買おうかな、単行本で買うか、Kindleで買うかと迷っていたらVALUE BOOKSで古書があるのを見つけた。

今回、なんと、その「恋するアダム」と共に「納品書のウラ書きvol30」が付いて来た。どうやらついてこなかったときはタイミングが悪かったのかな。バージョンアップされていて紹介されている本の数が増えている。色々なお店への思いが書かれた本が紹介されている。

前の少し長めの文章が書かれていた「納品書のウラ書き」も良かったんだけどなとちょっぴり思う。この「納品書のウラ書き」を読んで何冊か本を買ったな。ちなみにvol 20でも紹介されたこの2冊は買ってしまった。

 

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*読んでいた本

MONKEY voi.23

庄野潤三「世をへだてて」

 

寺田寅彦 / 中谷宇吉郎「どんぐり」

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京都の善行堂さんより届いた「どんぐり」を読む。善行堂さんの山本善行氏が選んだ作品 本のともしび シリーズの第一巻。

 

寺田寅彦の「どんぐり」「コーヒーと哲学序説」

中谷宇吉郎「「団栗」のことなど」

 

の三篇がおさめられている。寺田寅彦の「どんぐり」は以前に読んだことがあってとても印象に残っていて好きな作品。しかし、今回あらためて読んでみると自分が印象に残っていたのは子供のシーンが主だったことに気がついた。その前の奥さんとの日々が抜けていて今回読んでいくとそちらの方がたくさん描かれている。胸を病んでいた妻と植物園に出かける話。出かける時に髪を直すのに時間がかかってべそをかいている奥さんが可愛く愛おしい。

植物園でハンカチいっぱいにどんぐりを拾う姿。今回はそんな風景が自分の中に浮かんで数年後の幼い娘さんがどんぐりを拾うところを読んでいると鮮やかに立ち上がる。

 

小さな小品「コーヒーと哲学序説」を挟んで中谷宇吉郎の「「団栗」のことなど」に続いていく。こちら初めて読んだかもしれない。中谷宇吉郎と言えば冬になると「雪」を読み始め、途中で春になってしまいそのままにしてしまう(汗)

この「「団栗」のことなど」は寺田寅彦の「どんぐり」と言う作品について、その当時の寺田の心境、状況が描かれている。「どんぐり」と言う作品を読んだ後にこの作品を読んでもうどうしようもなく涙が溢れて来てしまった。奥さんが「結核」と言う病だったが為に離れ離れで暮らすことになってしまったふたり。 もちろんこの二人とは全然違うけれどこのコロナ禍の中で会いたい人に会えないと言う状態がどんなに多くの人にとって辛いものなのかという事にも思いを馳せる。

 

そのまま山本さんの撰者あとがき読む。思いのこもった丁寧な文章。

この二作品を一冊の中で読めることの素晴らしさを感じた。

 

装丁も素晴らしい。橙色とローソク、本に灯った明かり。次の巻が楽しみで待ち遠しい。

 

 

夕方スーパーに行ったら混んでいた。お惣菜コーナーに人がたくさんいて、見るとお寿司のコーナーだった。それで今日が桃の節句だと気づく。すっかり忘れていた。お雛様も出していなかった、ごめんねと押し入れにいるお雛様に謝る。

 

ちらし寿司をカゴに入れ、蛤をカゴに入れる。気持ちだけでも桃の節句で春を感じる。

夕飯はこの

ちらし寿司

蛤のお吸い物

鯛のムニエル生姜マヨソース

ブロッコリーエビ舞茸のオイスター炒め(ちょっとずつ残っていた材料で)

 

*映画

マダム・イン・ニューヨーク

 

*読了本

寺田寅彦中谷宇吉郎 「どんぐり」

 

*読んでいた本

モンキーVol.23 SPRING2021

岸政彦 柴崎友香 「大阪」

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流石に昨日は夜中の3時から起きていたので眠れた。眠れるってなんて気持ちがいいんだろう。

boidマガジンの井出健介さんの「ぽつねん」が更新されていたので読んだ。マッサージ学校に通い、資格を取り、マッサージ師になって働いた事など。

 

忘れてはいけないと思いグレイプバインの4月の野音のライブのファンクラブ先行に申し込む。

果たして行けるのだろうか。コロナの状態がどうなっているか一番大きいが自分の足が野音までの交通機関、乗り換えから地下鉄の階段など耐えられるのか疑問だ。疑問だけれどせっかくの野外だし行きたいと切に思う。でもまあチケットが果たして取れるのかどうかが1番の問題だけれど。

 

昼頃から雨が降り出して午後はザーっと音がするくらい降った。カラカラに乾いていたので良かった。茶色く枯れた様になっている宿根草達果たして生きてるのかどうか。

 

岸政彦 柴崎友香「大阪」を読む。

もう、まず目に飛び込んでくる表紙、中の絵にたまらなく惹かれる。小川雅章さんという方の絵でその人のサイトを探して見てみると本当に凄い。なんとも言えない気分になる。この本の中の木津川駅の絵とかたまらない。

 

「大阪とは何だろうか。大阪を書く、ということはどういうことだろうか、なにをすれば、大阪を書いたことになるのだろう」p7

 

一般にテレビなどで印象づけられている大阪とは違う大阪が描かれていてああそうだよなと思う。

帯に「大阪に来た人、大阪を出た人」と書かれていてこれは岸さんと柴崎さんのことなのだろう。

自分は堺に生まれて枚方で幼稚園まで過ごしたけれど小学校から結婚するまでは奈良に住んでいたので育った場所はやっぱり奈良だし出身はと聞かれたら奈良と答えるだろう。大阪は行く場所だった。けれどこのお二方の文章を読んでいると自分の大阪での存在と重ねてしまう。自分の中にも確かに存在していた大阪と。

岸さんの文章は初めて読んだけれど大阪の空気がぐっと伝わってきてノスタルジックにもなり切なくもなってしまう。

「私はこの小さな作品のなかで、あの大阪の「左半分」の埋め立て地特有の、すこし寂しく、静かで、だだっ広い感じを書きたかった。」p8

この文章は岸さんが「ビニール傘」と言う短編作品のことを語っているけれど、かな「大阪」にもこの空気が流れている。

 

自分な知っている風景や記憶、妹が住んでいる帝塚山路面電車。柴崎さんの思い出。ルーズリーフに鉛筆で漫画を描いて回覧、なんてまさしく中学時代の自分がやっていたこと。そして梅田の大毎地下が出てきて驚いた。あそこの会員になって短大時代ひとりで出かけたなあ。

 

岸さんの「淀川の自由」での阪急百貨店で置き去りにされた子供、1958年の新聞の記事は印象的なだった。物凄く小さい頃にたまに親に連れられて天王寺近鉄に行った。あの駅から近鉄への陸橋の上では敷物に座って物乞いをしていた戦争で手や足を失った人が居た。

「散歩は終わらない」Googleマップで知らない街に行きスナックを検索するのも良かった。

 

「大阪と大阪、東京とそれ以外」の柴崎さんのp194からの文章、80年代、90年代を懐かしんでいるだけではない、今現在のこの社会のダメさ加減への憤りがとても迫ってくる。

 

長々と書き過ぎてしまったな。それだけでこの本で自分の中の「大阪」と言うものを感じさせられてしまったのだろう。

 

新潮のリレー日記。12月、とうとう最終月。

12月2日〜12月8日 坂本龍一

12月9日〜12月15日 青葉市子

12月16日〜12月22日 川上弘美

12月23日〜12月31日 蓮實重彦

 

青葉さんの日記がすごく良くてたくさんボールペンで囲った。

「いまが思い出に変わるとき、いまよりも一回り輝きを増して胸に仕舞われていくこの世の魔法のことを、愛しく想った」 12月15日 青葉市子

川上さんの日記も良かったな。

日記って不思議だな。やっぱり人間が出てしまうものかもしれない。何かしら生活も滲んでいる。

 

*映画

30年後の同窓会

 

※読了本

岸政彦 柴崎友香「大阪」

*読んでいた本

新潮3月号

寺田寅彦 中谷宇吉郎 「どんぐり」

川原真由美「山とあめ玉と絵具箱」

 

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コロンバス

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3時前に目が覚めて寝ようとしたが眠れず。はてなブログです読者になってる人の日記を延々と読む。若い人で初めてローリングストーンズを聴いたと書いていてちょっと羨ましくなる。

 

今日は映画を2本観た。先に観たのは「リザとキツネと恋する死者たち」と言うハンガリーのブラックユーモア怨霊コメディ。主人公に取り憑くユーレイの日本人歌手のトミー谷なるキャラが強烈でそのトミー谷が歌う曲がめちゃくちゃサイケでこちらも取り憑かれそうになった。なんとApple Musicにあってライブラリーに保存してしまった。

 

そして2本目に観たのが「コロンバス」だ。話題になっていて観たい観たいと思っていたけれどこんな田舎で上映してくれないし、コロナで東京で観ることもできず。配信もないしで思い切ってDVDを買ってしまった。 届いていつゆっくり観ようかななんて思っていたら色々とレンタルだったりもするけれど配信が始まってしまった。せっかくザ・シネマメンバーズに入っているのでザ・シネマメンバーズで観ることにしてみた(DVDはまたゆっくり観よう)

 

感想はとにかくとても好きな映画だったと言うこと。凄く好きだ。そしてとても静かな映画だった。こんな風に淡々と静かに進んでいく映画が好みなのかもしれない(パターソンとか)

あらすじは書かないけれどこの物語の舞台になっているコロンバスはモダニズム建築の宝庫と呼ばれていてこの映画にも色々な建築物が出てくる。

エーロ・サーリネン エリエル・サーリネン IMペイ リチャード・マイヤー アレキサンダー・ジラルド 

建築に全く詳しくなくて全然知らないけれど。

とにかく建築物が美しくてそれをみているだけでも気持ちが持っていかれる。

建築物と緑、窓の灯り、タバコの煙 そして左右対称の撮り方も印象的だった。

 

そんな風景の中にふたりの気持ちが静かに表されていく。父、母、愛する人を想うことの悩ましさ。

 

どうしてこの映画を観たくて観たくて堪らなくなったかと言うとやっぱりこのジャケットでしょう。これは観たくなってしまうでしょう。入院中調べたらApple Musicでサントラがあり眠れない夜にヘッドホンでよく聴いた。暗闇の中で目を閉じて。

 

この静かさの映画をきっと何度でも観るのだろうと思う。

 

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今日はそして善行堂さんから楽しみにしていた本が届いた。包みを開いて一冊一冊取り出してそれだけで今日はいい日だなと思ってしまう。特に「どんぐり」の装丁が美しい。早速次に読む本のベンチ入りだ。

 

新潮のリレー日記。とうとう11月だ。

11月4日〜11月10日 黒河内真衣子

11月11日〜11月17日 柄谷行人

11月18日〜11月24日 宇佐見りん

11月25日〜12月1日 平野啓一郎

 

デザイナーの黒河内さんの日記が良くていっぱい文章をボールペン囲んで印をつけてしまった。最終日の11月10日のいつも行く喫茶店の文章が特に好きだ。

 

*映画

リザとキツネと恋する使者たち

コロンバス

 

*読んでいた本

岸政彦 柴崎友香「大阪」

新潮3月号

 

 

 

 

 

マスクはパンツに似ている

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朝、僕らの時代を見る。今日の対談は又吉直樹尾崎世界観村田沙耶香。好きな番組で気になってる人や、好きな人が出ている時は見るけれど全く興味のない人(女子アナ同士とか)だと見ない。今日は又吉が出ているのでやったーと思って見た。相変わらず個性的でお洒落な格好をしている。

尾崎世界観という人のことは詳しく知らないけどクリープハイプの人で芥川賞候補になった人なのですね。コロナ禍の過ごし方や、喫茶店などで執筆が出来なくなってしまったとか創作に関するはなしもあり良かった。それで印象的だったのが村田さんが話されていた

 

マスクはパンツに似ている

 

だ。村田さんが思った言葉ではなく知り合いの方の放った言葉らしいですが、もはや今はそう言う一面もあったりするかもしれない。マスクというものが着用していて当たり前の物というか。

この言葉に対しての尾崎世界観のつけると言うよりも外すという感覚で今は見てるちょっとエロい感じありますよね、という応答。

いや、ちょっと視点が面白かった。確かに今やマスクのない顔は親しい人にしか見せないものになっている。とともに口ってやっぱり少し艶かしい存在だよなとか。

 

そんな事を日中ちょっと考えてて今、出先で会う人は皆んな顔の上半分しか見てないんだなと思った。

それで2ヶ月の入院生活、同室の患者さん同士はマスクなしだったけど接する医師、リハビリの先生、看護師さんなど皆んなマスク姿しか知らないんだなと思った。口元の表情を知らない事の不思議。もしかしてマスクなしでどこかであったとしても気がつかなかったりして、と思ってしまった。なんだかちょっと悲しいな。

 

新潮の日記リレー、今日は10月

10月7日〜10月13日 村田沙耶香

10月14日〜10月20日 柳美里

10月21日〜10月27日 上田岳弘

10月28日〜11月3日 近藤聡乃

 

いきなり村田さんだった。急に目の前が白くなるとか吐き気と眩暈とか体調大丈夫かと要らぬ心配をしてしまう(しかも過去の日記だし)そして2時に目が覚めたり、3時に目が覚めたり、睡眠リズムが自分と同じで驚く。なんだか親近感もってしまったし、面白い人かもと思うので今度小説を読んでみようかな。

 

*映画

アデライン、100年目の恋

 

*読んでいた本

岸政彦 柴崎友香 「大阪」

新潮3月号

安岡章太郎「海辺の光景」

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4時に起床。ベットの中でnoteのフズクエの阿久津さんの読書日記を購入して読む。パウリーナ・フローレンス「恥さらし」をずっと読まれていて早く自分も読みたくなってしまう。白水社のエクス・リプリスでは「恥さらし」と「忘却についての一般論」がベンチ入りしていて早く読みたい。

 

安岡章太郎の「海辺の光景」を読み終わる。この間本棚で見つけた旺文社文庫。これは積読本ではなくて確か10代で読んだはず。10代の頃は積読本なんてなかった。少ない小遣いで少しずつ文庫本を買っていた。とうの昔に亡くなってしまった旺文社文庫、うちにも多分数冊しかないんじゃないかな。そして昔の文庫本はとにかく文字が小さい。読むのに苦労しました。

 

なんか久々に純文学読んだーって思った。自分の中にある純文学のイメージとはこういう感じかもしれない。そしてこの小説を10代の自分が読んだのがなんとなく信じられない。ひと頃安岡章太郎の小説をまたまた読んでいたという記憶はあるけれど内容は薄ぼんやりとしか思い出せない。それを何十年かぶりに読んだ事になる。今回読んでみても面白かったけれど彼をどんな風に捉えて良いのか正直分からなかったりする。自分が置かれている現状を考えれば10代の頃よりも主人公に近い(親の高齢化など)と思うけれど。そして今は健常である親の行先を思うとしんどくなったしまったりする。

けれど作品として見てみれば自分のそういう事情とは切り離され、ひとつの戦後の家族の姿が描かれ時代によるものも色濃くこの作品に表されている。

印象に残ったシーン、戦後、主人公と母親が過ごした平和な時間、父親が復員してからの生活で養鶏業に挑んだあれこれ(かなり印象深い)

母親が精神病院に入院し、病院で出会った男性患者、入院している少女の母親との会話のシーン。そして終盤、しにゆく母親に看護人がジュースを口に垂らすシーン、最後の杭が連なる海辺のシーン。

頭の中に自分の中で映像が浮かんでくる。

 

今日観た映画「トイレット」は中々良かった。こちらも大きな意味で家族がテーマ。もたいまさこさんの魅力が半端ない。

 

新潮の日記リレー、今日は9月の日記

 

9月2日〜9月8日 多和田葉子

9月9日〜9月15日 いしいしんじ

9月16日〜9月22日 金原ひとみ

9月23日〜9月29日 池田亮司

 

多和田さん、石井さんの日記が良かった。

 

「持っていた日本製の小さな折りたたみ傘をさそうとするが、風が強いのですぐにおちょこになってしまう「おちょこ」という日本語がとても懐かしい」9月5日 多和田葉子

 

「ああ本屋さんの店内というのはいいものだなあ、と改めて思う。特に買いたい本はなくても背表紙を目で追いながら蟹のように横歩きをし、新刊書を手にとって眺めているだけで気持ちが高揚する。」9月7日 多和田葉子

 

「6時起き、小4のひとひの音読する「ごんぎつね」に鳥肌ばさばさ。」9月9日 いしいしんじ

 

「レコードも本も、そのときがくれば必ずむこうからこちらへとやってくる。」9月15日 いしいしんじ

 

*映画

ザ・テキサス・レンジャーズ

トイレット

 

*読了本

安岡章太郎「海辺の光景」

 

*読んでいた本

岸政彦 柴崎友香「大阪」

新潮3月号

 

※聴いていた音楽

スワヴェク・ヤスクウケ「ミュージック・オン・キャンバス」

‎スワヴェク・ヤスクウケの「ミュージック・オン・キャンバス」をApple Musicで

Tim Bowness「Late Night Laments」

‎Tim Bownessの「Late Night Laments (Bonus Tracks Edition)」をApple Musicで

 

 

 

リチャード・パーカー

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昨夜も夜中に目が覚めたけれど雨音playlistの助けを借りてなんとか小刻みに目覚めながらも眠った。

とは言え4時にベットを抜け出して映画を見た。

今日の日記のタイトル、リチャード・パーカーって何者?と言う感じですが今朝また映画、「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」のトラの名前。この映画は好きで多分5回くらい観ている。少年とトラが様々な困難の中漂流するシーンがメインだけれど(そもそもトラと漂流すること自体が命の危険に常にさらされている)映画の最後の解釈が見るたびに分からなくて考えてしまう。けれど今日は何かスッとした心持ちになれた。5回目にして。まあでもまた観たら色々考えるかもしれないが。今朝映画を見出してそうだこのトラの名前リチャード・パーカーだったと思い出してから今日は一日中リチャード・パーカー、リチャード・パーカーと頭の中で呼んでいた。

今日の写真はこの映画の原作本「パイの物語」の表紙のトラ。なんと実は原作本を読んでないと言う…映画を5回も見ているのにどれだけ積読させておくのかと言う感じだ。この本は今はなき番組「週刊ブックレビュー」でどなたかが紹介されていて買った覚えがある。

 

写真といえば、昨日の日記の写真をupさせようとしたけれどどうやってもupできない。試しにメールや、LINEで写真を送ってみようとしたけどこれもダメ。ちょっと泣きそうになりながら家族に聞いてみたらそれはスマホの容量不足が原因じゃない?との事で調べたらまさにストレージがあとわずかな感じになっていた。ストレージのあけかたを色々調べ、ストレージの最適化をやり、ダウンロードされていた曲を削除した。最近Apple Musicでライブラリに入れると勝手にダウンロードされてしまったりしててなんでなの!と思っていたけれどこれも勝手にダウンロードされない様に設定し直した。 なんかこう言うアップデートされると気が付かないうちに何か設定が変わっていたりする。こう言うのにめっきり弱い自分はほとほと困り果てる。そもそも前回使っていたスマホは容量が128GBだったのをドコモショップの店員さんか64GBで十分だと思いますよと言われて64にしたのだった。こんなに何でもかんでもスクリーンショットでメモしていてはあっという間に容量も消費してしまうだろう。

 

今日は寒い1日。眼鏡を作りに眼鏡屋まで車で出かける。外気温1度だった。普段のメガネ(どんなシーンでも使える無難なデザイン)と、読書用に中近のメガネ(こっちはカジュアル)を頼んだ。メガネを試してかけるが裸眼だと近視が強すぎて自分に似合ってるんだかなんだか分からない。しかもマスクをしているし。出来上がってかけて見たらこんな筈ではってなってしまうかもしれない。

 

新潮の日記リレー、今日は8月

 

8月5日〜8月11日 坂本慎太郎

8月12日〜8月18日 千葉雅也

8月19日〜8月25日 塩田千春

8月26日〜8月30日 津村記久子

 

坂本さんの日記は15年飼っている亀の出産から始まっている。エアコンの取り替え工事だったり墓参りだったり、あれ!普通の人の生活、しかもソバやパスタを自炊されたりしている。坂本さんと言えばゆらゆら帝国の時からもう別の世界の人の様な気に勝手になっているので日記を読んでちょっとクラクラした。そしてそう言えばそんな別世界の人の様に思っているのに昔新宿ロフトで外のフロアでお見かけして握手をしてもらいに突進してしまった事を思い出す。向こうも訳がわからないという感じで握手をしてくれたけれど良くもあんな事が出来たものだ。

 

*映画

ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日

フェノミナ

 

*読んでいた本

安岡章太郎「海辺の光景」

岸政彦 柴崎友香「大阪」