戯言スクラップブック

また日記を書き始めました。読んだ本や聴いた音楽など CD棚 https://kankoto.hatenadiary.jp/ 

都甲幸治「21世紀の世界文学30冊を読む」

梅雨が明け本格的な夏になった。とは言え梅雨真っ只中から35℃を越す猛暑日があり、これから一体この夏はどうなるのだろ…と憂鬱になる。

庭の草木もぐったりしている。せっかく咲いた紫陽花もヨレヨレになり、アナベルの花はチリチリに焼けている。 ところが雑草だけは元気なんだよなあ。昨日は水やりの後に雑草抜きを3時間程したらふらふらになりその後は一日中家の中でダラダラ、ゴロゴロと過ごしてしまった。読もうと思ってた本たちも中々進まない。読みたいと思っている作品はたくさんあるのにどうしても集中力が足りない。

 今月から都甲さんの講義をオンラインで始めたので都甲さんの著者を色々読もうと思っている。

まとまって都甲さんの著作を読もうと思いその一冊目。再読になる。文芸雑誌「新潮」に書かれた2000年以降の海外の作家、作品を紹介する連載をまとめた一冊。まだ翻訳されていなかった作品も今ではたくさん翻訳されたものもある。

海外文学の読者は少ないと言われているがこの様な作品が世に出ることによってよりたくさんの読者が増えると良いなと思う。

 

海外文学を読む楽しみって何だろう?見知らぬ土地の見知らぬ人々の中に今現在の自分と共通する何かを感じる喜び。と共に全く体験したことのない出来事、感情、を感じる事、考える事。何か理解できない不思議な空間にぽんと放り出されるような気持ちになることもある。

えっ?ここで終わり?となる事もある。 正直言うとそこも好きだったりする。

 

今回読み返してみて紹介されている作品の中何冊も購入したまま積読状態になっている物があるのに気づいた。 残り時間であとどのくらいここではない空間に入り込めるか。

 

最近「文学」とらいうものが果たす役割、「文学」の力と言うことを考える。

 

アレクサンダル・へモンの章から彼の言葉を引用する

 

 

「大勢の人生を語りえるという、文学に固有の民主主義は無限なのです。そしてまた歴史を通じてずっと苦しんできた、ほとんど忘れ去られた大部分の人々について、文学は語ることができます。僕はとにかく、忘れ去られた人々にこそ興味がある。資本主義において決して偉大ではありえない彼らに」p115  アレクサンダル・へモン「愛と困難」

本の特集 映画の特集

 

用事があり上京。新宿で写真展を二つ見る。

お昼に移転したモンスナックでカレー。移転してから初めて。紀伊國屋の下にあった時はよく行ったな。コロナ前だから本当に久しぶりだ。定員のお姉さんが変わってなかったので嬉しかった。

やっぱりカツカレー!シャバシャバの。

 

グループ写真展に向けてのWS、勉強になったし楽しかった。

 

帰りに東京駅の本屋で雑誌を二冊購入。読書特集のクロワッサン特別編集版と映画特集のポパイ。

一体この手の雑誌を何冊買っているのか。買ってうちに帰ってパラパラしでがっかりって事が結構あってもう買わんぞーと思っていたのにまた買ってしまった。でもまあ今回おしゃれタレントのオススメの本、オススメ映画を安易に載せてなかったからヨシとするか。 

クロワッサンの選本はなんかターゲットを絞って狙ってる感じがする。なんとなく、まあ、クロワッサンを読んでる世代?

読んだ本が載ってるのは嬉しいし、家にある本(いわゆる積読本)が載ってると俄然読まなくちゃと思うし、これは読んでみたいと思う本が載ってるとワクワクしてしまう。

天野健太郎さんの句文集が載っていてああ、この本は読んでみたいなと思った。

「文豪ナビ 遠藤周作」

 

少し前から遠藤周作の新刊を見かけるようになっていてなぜなのかな?と思ってたら生誕100年だそうだ。先日、文学の森の読書会で遠藤周作の「沈黙」を紹介することになり読み直した。若い頃熱心に遠藤周作の作品を読んでいたがしばらく読んでいなくて…そうしたらなんと文学ナビに遠藤周作が!文学ナビ、最近松本清張も買った。次は安部公房とか出してほしいな。なんとなく先に大江健三郎とか来そうな気がするけれど。

 

感想

少し前に読書会で遠藤周作の「沈黙」を紹介する機会があり、「沈黙」を再読するとともにこちらの文学ナビを拾い読みした。 

遠藤周作は十代の後半から二十代の前半にかけて夢中になって読んだ作家の一人だ。やはりきっかけは「沈黙」だったと思う。

今回、この文学ナビを読み通してなんと言うのか懐かしさでいっぱいになってしまった。孤狸庵先生に再会したような嬉しさが込み上げて来た(違いのわかる男ですね)

遠藤周作の作品で一体何回泣かされただろう。

自分はキリスト教の信者でもなんでもないけれど彼が描いた神にある時期何度も語りかけていたのを思い出す。

 

この文学ナビでは作品ナビとしてテーマに沿って作品を紹介してくれている。このおすすめ読書コースに従って遠藤作品を再読、初読していきたい気持ちになる。

 

たぶん自分の物の考え方に大きな影響を与えた遠藤作品、氏の生誕100年を機にもう一度巡り会いたい。

 

上林暁 「孤独先生 上林暁傑作小説集」 山本善行撰

 

土曜日、日曜日と東京に出かけていた。写真の教室、土曜日は等々力渓谷で実習。日曜日はまた別の講座。そして夜は池袋駅で古市コータローwithウエノコウジのライブ。久々に友達達と会えて楽しかった。

合間合間に読み直していた上林暁「孤独先生」を読む。

インスタグラムに書いた感想

本当は五月に一度読み終わっていたのだが感想を書こうと思いつつ時間がある経ってしまった。思い返そうとパラパラしていたらもう一度読みたくなってしまって再読した。

一話目の「天草土産」を読み進むうちに一度目に読んだ時とは比べ物にならないくらい、「ああ良いな、ああ良いな」と自分自身の内側で呟いてしまう。若い二人の旅行きが初々しくて可愛らしくてなんとも言えない気持ちになる。

十四歳の少女の三重の幼さの残るなかでの恋心みたいなもの、少女ならではの凛とした美しさ。 そして巡る土地の風景、風情も頭の中で想像して一緒に旅するようだ。

 

この短編集は山本善行氏撰による作品集。善行さんの紹介がなければ私は上林暁を読んでいなかったかもしれない。前回読んだのは「文と本と旅と」こちらも善行さん撰の随筆集。その時も描かれる風景に瞬間ふっと持っていかれるような気持ちがした。けれどその時はまだ自分の中に上林暁と言う作家は浸透していなかったなと今回読んでみて感じた。今回の作品集を読んでしみじみ好きだなと思った。自分の好きな作家の一人になった。

淡々とけれど愛情を持って人物たちが描かれているのがわかる。

そして、再読することの良さを今回は感じた。それも、間を置かないで。中々普段はできないけれど。

 

好きな話はと思ったけれどどれもどれも、ああこれも、これも、良いんだよなと思ってしまう。

 

収録作品

 

天草土産

淋しき足跡

海山

夭折

トンネルの娘

冬営

清福

景色

二閑人交游図

孤独先生

手風琴は古びた

 

夏葉社発行。阿部海太さんの絵、そして装丁が素晴らしい。一冊の本を作ることに対する気持ちが伝わってくる。

トルーマン・カポーティ「ここから世界が始まる」

ずっと迷っていたカルチャーセンターの講座を受けることにした。オンラインで都甲孝治先生の「1年で学ぶ教養 文庫で味わうアメリカ文学」ラインナップも素晴らしく全てが文庫本になっている作品。迷っているうちに「ガラスの動物園」「郵便局」「最後の瞬間のすごく大きな変化」は逃してしまったが。そして今月はカポーティの「ここから世界が始まる」が課題作品だった。

とても充実して楽しかった。これからの課題作品も読んで無いものが多いので頑張って読みたいと思う。

Instagramに載せた感想

トルーマン・カポーティ「ここから世界が始まる」

 

カポーティの思春期から青年期にかけて書いた十四篇の短篇小説集。十代で書かれた作品もあってこんな若さでこれだけバラエティに富んだ作品を描ける事にまずは驚く。しかも全て私小説的な部分が全く無い。描かれる人物も子供から老人まで様々だ。ただ、多くの作品がどこか真っ当な世界から少しずれてしまった人や(じゃあ真っ当ってなんだ?真っ当なんてあるのか?って思うけれど)どこか孤独を抱えている人が主人公である。

これはうまく納めすぎてるんじゃないかと思ってしまう「分かれる道」やミステリー?と言うかある意味コメディ?な「似た者同士」などもあるが多くの作品で痛い部分を突かれたり、覆い隠していた自分の中の哀愁が引っ張り出されたり。

 

好きな作品「これはジェイミーに」「ここから世界が始まる」特に好きなのは「水車場の店」水車場の売店の女性が蛇に噛まれたある女の子を助ける話だけれどこの女性に惹かれる。彼女の出立ちや、彼女の過去や(想像してしまう)彼女の行動力に。

最後の文章がものすごく好きだ。引用したいけどもしこれから読む人がいたら勿体ないので引用しない。

 

編集後記、作品解題 カポーティ略伝 小川高義さんによる訳者あとがき 村上春樹による解説 と、作品以外もとても読み応えがある。

 

山崎佳代子「ドナウ、小さな水の旅」

 

山崎佳代子さんの「ドナウ、小さな水の旅」をやった読了。書店で見かけていて帯が堀江敏幸さんだったので気になっていた。B&Bでお二人の対談があると知り、慌ててネットで注文し読み始めた。対談の日までに読み終わらず、半分くらい読んで臨んだ。

 

その後、毎日なんとなく読書するモードに戻れず、昨日一気に最後まで読む。

Instagramにあげた感想

セルビアベオグラード在住の詩人、山崎佳代子さんがドナウ河に繋がる支流の河、街を巡る。読んでいる私は彼女の視線に乗っかって旅する。その景色と出会った人々を思い浮かべ想像しながら。私はセルビアという国について殆ど知らなかった。この作品には繰り返し繰り返し太古からのこの地方の歴史が語られる。そこに著者の思いがある。遠い国の歴史を生きてきた人々、彼女の目を通してその人々の辿ってきたものを思う。それにしてもこの地方で歴史の重なりの中でなんと多くの人々のいのちが奪われた事だろう。

先日著者である山崎佳代子さんと作家の堀江敏幸氏の対談を聴きに行った。文学と言うものの果たす役割、文学だからこそ綴られるもの、文学と言うものの大切さを思った。出会われた方々の話す言葉の中に詩があるとおっしゃられていた。

 

ライブ後、サイン会、B&Bで買った本が対象なのかな、持参した本をそっとしまう。持っていない山崎さんの本を見つけられず、堀江先生の講談社文芸文庫番の「書かれる手」を購入し、堀江先生にサインをいただく。「こんな高い本をありがとうございます」と堀江先生。持ってない本はこれしか見つけられなかった。平凡社ライブラリー版は持っているけれど未読、これを機に読もうと思う。堀江先生にまた短編小説の講座を開いてくださいなどとお忙しいのにお願いしてしまった。

朝日カルチャーセンターで受けた内田百閒や、佐田稲子の短編小説の講座が忘れられない。

数年ぶりに行った下北沢の街はガラッと変わっていて新しくなったB&Bも初めて訪れた。すっかりおしゃれな感じ。いつも行っていたライブハウスなどのある方は変わらないだろうか?

コロナになってすっかり遠ざかってしまっていた。

 

雑草取り

朝、5時くらいから家の前の歩道の隙間に生えている雑草取りをする。何故5時かと言うと日が上るにつれ暑いからである。そして時間が進むにつれて散歩だなジョギングだの、通学する小学生や高校生が通るからである。大勢の人に見られるのも嫌だし、おはようと挨拶するのも面倒だ。

前回、5月に取って綺麗にしたが2ヶ月近く放置していたらぐんぐん伸びてきてしまった。少しの隙間に生えてくる雑草の強さ、こんなに暑くても喜んでいるように感じる。庭の紫陽花などはぐったりしているのに。これからは日々雑草との戦いだ。

 

録画していたWOWOWで放送された「夏の終わり」を観る。満島ひかり小林薫綾野剛など。原作は瀬戸内晴美。監督は「海炭市叙景」の熊切監督。

場面場面が美しく、満島ひかりの美しさが際立っていた。 恋愛におけるどこにもおさまらない持っていきようの無い感情。水のさざめきのような。 熊切監督だからなのか全然ドロドロした物を感じなかった。優柔不断で情けない小林薫好きです。

 

原作はどんなふうに描かれているのが気になった。