映画を見に行く


 今日の夜はO-EASTスターリンのライブ。昼間映画を見る計画を立てた。まず恵比寿にいって「その街のこども」を見、それから渋谷に移動して「海炭市叙景」を見ようと。またも余裕を持って国分寺を出たはずが中央線が遅れていて電車が中々来ない。やっときたと思ったら物凄い人で朝の通勤電車よりももみくちゃになった。恵比寿までたどり着いて開演時間に間に合うだろうかと必死に動く歩道を歩く。なんとか無事に東京都写真美術館に到着。
 
その街のこどもhttp://sonomachi.com/阪神淡路大震災から15年にあたる昨年昨年NHKで放送された番組だ。最初森山未來君が出てると言う事で見たような気がする(ファンなので)あと音楽が大友さんだったのも興味を惹かれたのだ。 派手さのない静かなドラマだった。その静かな夜の風景の中、神戸の街をあるく二人が素晴らしくて今まで見たことのないドラマだった。ドラマでありながらリアルだった。
 再放送でそれから二回ほど見ただろうか。何回もふたりと一緒に夜の街を歩いているようなそんな気持ちになった。
 今回そのドラマが映画として公開されるのをしって是非劇場で見たいと思った。そして劇場で見れて良かった。おっちゃんが手を振るところでまた泣いてしまった。
 地震のあった時はもう実家の奈良からはなれてこちらに住んでいてあの日はテレビに映し出される映像を見ながら通じない電話をひたすらかけていたように思う。家のほうには被害もなくて知人も皆無事だった。お風呂のタイルが湾曲していたくらいだった。そのあとの3月に実家に帰った。電車に乗って窓の外を見ていると大阪でも時々ブルーのシートがかけられた家があった。しかし梅田やなんばでは何もなかったかのような賑わいだった。その時高校時代の友達に会ったのだけど彼女は線路の上の何時間も歩いて何回もボランティアに行っていた。
 独身の頃よく遊びに行った神戸の街に再びおとづれたのは何時だろう。もうすっかり表向きは復興していたような気がする。多分なにかのライブを見に遠征したんだったと思う。ここに出てきたスタークラブにも行ったなあ。
 自分はもう本当に被災したわけでもなく完全に部外者だ。けれどもそうであってもこのドラマを見て何かを感じる気持ちは本当に感情だと思う。この地震は色んな人がそれぞれに受け止める出来事だったのだと思う。
 また来年と言っていた勇治は今年東遊園地に行けたのだろうか。

 映画を見終わってしばしぼんやりとして駅に向かう。恵比寿の駅でうどんを食べて渋谷へ向かう。

 渋谷のユーロスペースで「海炭市叙景http://kaitanshi.com/を見る。映画をはしごするなんてと思うけれど、よし見ようと思い立った今日でなければ見にこれないと思って。
 「海炭市叙景」はこの間佐藤泰志の原作を読んだばかりだ。未完の原作は18編の短編からなっている。短編だけれども「海炭市」と言う地方都市に住む人々がどこかでお互い繋がっていたりする。映画はその中から5編が切り取られていて少し原作とは違う部分もあったりする。
 途中までああ・・・・どんよりと重いなあと思った。厚い雲に覆われた冬の風景がそう思わせるのだろうし、進んでいく話もそう思わせるのだろう。最初の「まだ若い廃墟」が自分のなかで想像していた風景と違っていたのでよけいそう思ったのかもしれない。自分の中では真っ白く光に照らされてまぶしいような風景を何故だか想像してしまっていたから。あとてっきり 「まだ若い廃墟」の兄の役を加瀬亮だと思い込んでいた(笑)
 しかし見ていくうちにこの重苦しさがわかると言うのか自分が日々存在している風景と同じだなとふと気づかされてしまう。地方都市に住んでいて生活してる人はこういう感覚を持つんじゃないかなと思った。うまく行かない事がいっぱいあって、生活の疲れがあって、諦めがあって、さびれていく街があって、でもその中で生きている感覚。

 今日みた2つの映画・・・・別々の都市のはなし、でも生きていると言う事。

 映画を見終わったら友達との待ちあわせ時間ぎりぎりだった。あわてて渋谷に向かう。ダイエットの成功した彼女、ますます美しい。お茶した後一緒にO-EASTに向かう。