暗さを抱えている人

 明日からのプロモーションの準備で頭がごちゃごちゃ。あれとこれとそれからこれもと見落としがないように神経を使った。明日からの連休に向けて資材切れもしないようにと発注したけれどあいにくこの連休はお天気が思わしくなさそうでもし大量に資材があまってしまったらどうしよう・・・・と心配になるけれどしょうがないよなあと思う、読めない。どっぷり疲れてへとへとになって家に帰ってくる。でも帰りに「文藝春秋」を買ってきた。この連休に芥川賞受賞作を読もうと思って。

 先日のJOJOさんの裁判で弁護士をしてらしたK&Bパブリッシャーズの営業・Kさんがブログでこの間のことを書かれていた。「二度寝:いい人であることの罪」http://iwasigumo.exblog.jp/14878841/

その中でちょっとドキッとさせられた部分があった。JOJOさんがどのような人にむけてブログを書いているのかという部分で

メンタルな部分で何かしらの暗さを抱えている人へ向けているのだと。それは小野島さんが旧来のノイズ好きのプロトタイプとして挙げられていた「まともじゃない奴ら」とも違って、「暗さを抱えている普通の人々」を差しているのではないかと、と感じました。

と彼女は書かれていて、あれ、自分て暗さを抱えているのだろうかとしばし考えさせられてどきりとした。そういえばJOJOさんご本人も

私やアルケミーの出版するような音楽を好きな人、私のブログを定期的に読んでくれているような人。
そういった方々には共通する、なにかを探している感覚、なにかある特定の感動を求めている姿勢がある。それはある種の弱さと言い換えてもいいかもしれない。そこに届けたいものが、私にはある。

と書かれていたことがあってその時にも「ある種の弱さ」という言葉にどきりとさせられたのだった。

今現在の自分の境遇になんの不満もなくて本当に幸せだなあと思うのだけれど(周りにいる人たちにも恵まれているし)どこかに開いている暗い穴の存在にいつも不安でいるのかもしれない。怯えているのかもしれない。時々その穴が本当に大きく思えて恐ろしいのだ。
 それから何かそういう暗さというものに惹かれる部分もあるのかも知れない。そこがある種の弱さという事なのかもしれないなと思う。