武田百合子「日日雑記」

武田百合子さんの最後のエッセイ集とカバーに書かれているけれどエッセイという言葉がなんだか武田百合子さんの文章にあわないなあと思う。やっぱり日記であるように読んでしまう。
 その文章を読んでいるうちになんだか恋するように熱に浮かされたように読んでしまった。まやかされているような。日日雑記とあるように彼女の現実のことであるのだけれど読んでいるこちら側は彼女の世界にひゅっと引っぱられたような感じ。彼女の世界であり異界。
 そして「日日雑記」のなかにはずっと死の気配が底の方に漂っている。薄ぼんやりと。解説の方が書かれているように模食の場面も素晴らしいがこれも解説の方が書かれているけれども深沢七郎の葬儀にたずねた場面もとても素晴らしい。

−人間の臨終も、こんな風に引越しと同じように思えるのだ。そこの窓のふちの玉目も、天井の板の目も、障子のさんの板の目も、そこの窓から見える隣りの家の板塀も、目に見えるものと別れて行くのである。(深沢七郎「流転の記」)
 畑のような庭。植木や泥や石ころや板ぎれや、転がっているスコップや如雨露。柵の向こうの雑然とした景色。それらをさーっと見回し、目薬をさすように眼に入れて帰ってきた。
 

それからこんな表現にうわあーと思ってしまう。

今日は水曜日、一週間のうちで一番人出の少ない晩だ。獣の腹毛をむしって吹き散らばしたような雲が、月の表を早く動いてゆく。

日日雑記 (中公文庫)

日日雑記 (中公文庫)