トルーマン・カポーティ 村上春樹訳「ティファニーで朝食を」

 熱の頭でぼーっとしながらも一気に読む。あとがきに村上春樹も書いているけれど自分は映画を見ていないので幸いにもオードリー・ヘップバーンを頭に思い浮かべながら読むことはなかった。あとがきを読んでそうなのかと思った。しかも「ティファニーで朝食を」自体読んだことがなくて今回初めて読んだ。
 とても面白かった。僕にとってのホリー・ゴライトリーはキラキラと輝く希望のような存在だなと思った。たとえ彼女の行動や性格がどうであれかれにとっての輝きの思い出なのだなと思う。そしてそのようにしか生きていくことが出来ないホリー・ゴライトリー。

彼女達が変化しようとしないのは、彼女達の人格があまりにも早い時期に定められてしまったためだ。ちょうど何かの拍子に金持ちになってしまった人間と同じように、あるところで人を支える均衝のようなものが失われてしまったのだ。

 時としてこういう人物にであうことがある。そして自分は振り回される側の人間である。うんざりとしてそっと離れていくか、それを受け入れた上で付き合っていくかということってないですか?そこをわけるのってその人に対する友情や愛情かな・・・。ふりまわされても好きでいられること?

だから今はここにいない彼女を思い浮かべる時にその光は彼を照らすんだろうと思う、いつでも。

 あとやっぱり「クリスマスの思い出」は染みるなあ・・・・。ここにも歳ははなれていても通い合ってる友情のようなものがある。

 

ティファニーで朝食を

ティファニーで朝食を