須賀敦子「遠い朝の本たち」


 本を読むってことはどういう事なんだろうか・・・・。昔は本を読むって事イコール賢くなる、素晴らしいことだって感覚があったけど、本当は本を読んだからってちっとも賢くなるわけでもないし、おりこうになる訳でもない。それどころかのめり込んで違った方へ行って駄目な人になる事もあるし。 
 自分にとって本を読む事ってどういうこと?言葉にされた文字を読むことによって自分の中にあった不確かな感覚を再確認すること。 あらたな感情の波をさざめかす事。活字のなかの人物に寄り添ったり反発したり・・・・。

 「遠い朝の本たち」は彼女の幼いころから少女時代の風景とそこに存在していた本たちの話。その風景のなかにその本たちが生きていて、人の思い出の風景でありながらこちらもなんとなく懐かしい思い出に浸ってしまう。まったく産れてもない時代であっても。
 「サフランの歌」のころ の春を感じる感覚にははっとさせられた。私にもそういう瞬間があったからだ。

「春だな。それが、最初に私のあたまにうかんだことばだった。そして、そんなことに気づいた私はびっくりしていた。皮膚が受けとめたミモザの匂いや空気の暖かさから、自分は春ということばを探りあてた。こういうことは、これまでになかった。みしかしたら、こんなふうにしておとなになっていくのかもしれない。」

 おとなになっていくんだなと感じた春の匂い・・・・。

遠い朝の本たち (ちくま文庫)

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